やまだい50周年誌電子ブック

時代の変化 、 中国製造の時代

「衣料の山下」

山下社長は、製造業から卸問屋、小売業へのス テップを着実に進めていきます。 昭和55年、衣料品の製造を中止し卸問屋を始 めるため、大阪でセーター、岐阜はスカート・ブ ラウス・ジャンパー、福山では作業着など、各々 の製造街が得意とする衣料品製造メーカーの中で も、より良いメーカーを手探りで探し回りました。 インターネットもGoogle マップもない時代、 人伝に聞いた製造街へ赴き、飛び込み訪問で商談 をまとめたのです。夜行列車に乗り朝5時ごろに 現地に着くと、始業時間から製造メーカー巡りを 始め、夕方まで商談を繰り返し、また夜行列車で 戻ってくる。人伝で聞こえてくる情報が頼りだっ た時代、製造メーカーも卸業者も共存共栄を求め、 「お互いに成長し大きくなっていくための相手」 を探している時代でした。 昭和62年、直営の小売店「衣料の山下」うき は店を、売場面積55坪にて小売練習店舗として スタートさせました。卸問屋をしながら婦人服に 力をいれて小売業への移行を進め、「衣料の山 下」うきは店、吉井店の2店舗で小売業のノウハ ウを構築して、現在の「やまだい」の楚を築いて いったのです。

1970年代、製造業大国となりつつあった中国 は、安価な人的資源と大量生産によって、衣料品 の生産業をも席巻し始めました。 この大きな時代の変化を山下社長は乗り切って 行きます。変革期と判断した社長は、婦人服の生 産を終了し、卸問屋となることを決め、小売業へ の移行のための下準備に入ります。 この頃、先代が病を得られ10年間の闘病生活 に入られます。山下社長は先代が闘病に専念でき るよう、より一層仕事を精力的に続けました。

山下社長(30才ごろ)

1986年 結婚式

幼少期の常務 うきは店前にて

13 やまだい 50周年記念誌

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